Kファイル/スポーツドクトリンNO.320:朝日新聞スポーツ欄記事の切れ味とその効果は

 Kファイル/スポーツドクトリンNO.320:朝日新聞スポーツ欄記事の切れ味とその効果は

無断転載禁止        2026年1月22日 木曜日 公開

 

河田弘道

スポーツ・アドミニストレイタ-

スポーツ・アドミニストレイションの基軸は“Justice正義&Fairness

日本にスポーツ・アドミニストレイション論の必要性を紹介

日米で実践してきたスポーツ・アドミニストレイターの先駆者

(プロフィールは別途ご検索下さい)

 

目次

Ⅰ.朝日新聞朝刊は、子供のころから慣れ親しんだ朝刊

 1.朝刊スポーツ面の現実

 2.世代を超えた新聞離れ

 3.記事内容の貧困は読者の文字離れが最大の起因か

 4.朝日新聞記事紹介(自死を試みた体育実技受講生徒)

Ⅱ.著者の私見

 1.中小路 徹記者の商品価値を下げるな

 2.著者の読後感から

 3.嘗て気骨のあったジャーナリスト達

Ⅲ.2020-08-27 KファイルNO.140:教育者を装う指導者達に対する高校生の結論「自死

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2026年1月22日 木曜日  公開

Kファイル/スポーツドクトリンNO.320:朝日新聞スポーツ欄記事の切れ味とその効果は

無断転載禁止

Ⅰ.朝日新聞朝刊は、子供のころから慣れ親しんだ朝刊

1. 朝刊スポーツ面の現実

   2026年の年も明け、昨年暮れのクリスマスから正月もなく、雑用雑務に追われる中休憩時間にお茶をしている時でした。2026年1月10日、土曜日の朝日新聞朝刊15面スポーツ紙面に掲載されていた記事を目にした次第です。近年殆ど新聞で目につく表題、記事が少なくなった昨今であります。

著者は、子供のころから朝日新聞朝刊を目にして来て以来今日迄約六十数年になるかと思います。近年は、特に紙面も大きく変革して各記事欄の反対側の紙面は一面が広告面となってしまいました。左側の記事面は、三分の二に縮小され、下段残り三分の一はこれまた広告となっています。これでは、本来の新聞紙面の構成は完全に崩壊し広告媒体により買い占められたか、買い占めてもらったとの表現が正解なのかも知れません。

このような紙媒体の実状から、中身の記事内容も大きく嘗てのジャーナリスト原稿からレポートタイプの原稿へと衣替えして来たとスポーツ面を拝見して思われますが読者の皆様方は、朝刊を読まれていますか。読まれている読者の皆さまは如何でしょうか。新聞業界の経営難の最大の要因は、販売部数の激減によるものであります。それでは、嘗ての愛読者達は何処に行かれたのか。新聞をこよなく愛した読者達は、既に高齢者、後期高齢者となり目の衰えと共に文字を敬遠するようになったのかも知れません。それに伴いTV映像からの動画、音声を通しての知識、情報が映像と共により立体的に目の衰えを気にすることなく視聴できることが最大の利点であります。

2.世代を超えた新聞離れ

 若い世代の大半は、近年の情報機器の目覚ましい開発による発展に伴いSNSを通しての情報過多と共に文字媒体を読む煩わしさを一層感じている時代とあいなっています。この環境が促進するにつれ、コンピューター機器の日々の進化と安価になった市場では、略殆どの人達がPCから端末化なったiPat(スマホ)を愛用しているのは、ご承知の通りであります。もうこの事態は、世界中でスマホシンドロームを引き起こし、やめられないし止められない時代を醸成してしまった有様は読者の皆様もご同様であります。

この状態を根拠に、もう活字媒体の新聞に興味を持つ人間が居なくなった次第であります。例えば、一昔前まで読売新聞社の部数拡販のツールとして最大の威力を発揮していましたのは、東京読売巨人軍でした。しかし、現在は、如何でしょうか。東京読売巨人軍は、読売新聞拡販事業になんのお役にも立っていないのが実状と現実なのです。嘗ての栄華に長年胡坐をかいてきた経営陣にとっては、まさかこのような時代がそれもスピーディーに訪れるとは夢にも想像が出来なかったのでしょう。

巨人軍が勝とうが負けようが、読売新聞の発行部数は、激減の一途を駆け降りている次第です。嘗て1000万部を拡販していると豪語した故渡辺恒雄氏ですら、この地滑りを堰き止めることが晩年最後まで出来なかったので、さぞや心残りをされていた様子が伺えます。ましてや他社他紙では、生き残れないとまで言われているのが実態のようです。

3.文字離れをする読者への対応が出来なかった新聞社

  新聞社の経営は、販売部数の激減がCoreである記事の本質にまで影響を及ぼしている現実が既に露呈している様子が伺える次第です。発行部数の減少は、広告料金にも勿論直撃している事を読者の皆さんはご存知でしたか。広告料金は、今も昔も発行部数により値段が異なる仕組みになっているのです。よって、広告料が集まらないので、新聞の中身の記事原稿を減らして大半を広告紙面に活用せざるを得ないのです。これは、即ち背に腹は代えられないことを意味しています。また、その広告内容もピンからキリまであり、今や何でもありの広告なのです。この現金収入を得なければ、激減した部数であっても人件費、取材費、用紙代、印刷代、印刷機械へのメンテと投資、等々の諸経費を賄えない事態と相成っているのが今日の新聞社の実態と理解されて違いないと思われます。

 読者の皆様は、約30年前でしたか嘗て社会を騒がせました新聞社と販売店の騒動をご記憶されていませんか。その要因の最大の根拠は、大手新聞社がこぞって販売拡大を目的として売れなくなり出した新聞の増刷を始めた事でした。そして増刷した新聞を毎朝早朝にトラックで販売店に振り分けて配送していたころでした。販売できない新聞が毎日新聞販売所に山のようになり、その処理に途方もない人力と人件費に苦しまされていた販売所が声を上げた事件が「押し紙」と呼ばれた所以なのです。

押し紙の由来は、「押しつけで販売所に新聞紙を買わせる」意味なのです。新聞の販売には、独占禁止法が絡み当時は販売店と新聞社の間で裁判沙汰となったのは、つい先日のように記憶から蘇ります。しかし、この騒動で誰もが語らなかったことがあったのです。

その表に出さなかった新聞各社には、隠さざるを得なかった収益捻出の裏技が、ここでお伝えしているのが「広告料金の物差し」なのでした。その根拠は、広告料金を多くせしめるためには販売部数、印刷部数の数字が大きいほど広告料金も高くなる仕組みがこの業界にはあるのです。そこで、当時より大手新聞社の社主、経営者達は、声を大にして「我が社の発行部数は、1000万部だとか700万部、500万部」と公言したがるのは、このように広告料金に跳ね返って来ていたからなのです。このKファイルを読まれて初めて、そうだったのかとつぶやかれている読者の笑顔が目に浮かぶ次第です。

このようになりますともう新聞社の面子など、プレシティージ云々等は、言っている次元で無くなったのも理解出来る次第です。如何ですか、もうここ20年近く経営者達が自社の発行部数を自慢しなくなりました事に気付きませんでしたか。

  • 消えて行く強いパッションを持ったジャーナリスト

 読者の一人として申し上げられるのは、記事内容に個性が無くなったことです。特に原稿を書く担当記者氏は、ジャーナリストとは言い難い表現、中身であるかに感じられるのは著者だけなのでしょうか。その原稿内容は、記事の中身もそうですが記事を書かれている記者氏の趣旨・目的とそれに伴う熱量が欠落してしまったように感じてならないのです。著者は、これを称して「サラリーマン記者の記事」と僭越ながら申させて頂いています。唯、日々の紙面のスペースをレポート記事で埋めているイメージしか思い浮かばないのですが如何でしょうか。これでは、発行部数激減に拍車をかけギアがリバースに入った状態に思えてならないのです。

これには、多種多様な異論反論があろうかと思われます。私見で述べさせていただくなら、記事を書かれる記者氏のモチベイションを削ぐようなスポーツ部(運動部)デスク、編集局、会社からの何か強い意思が書き手(担当記者)に圧として掛けられているのか、或いは、記者自身がジャーナリストとしての本質を放棄して、事なかれ主義の業務に流されているのかも知れません。本来ジャーナリストは、プロフェッションであるべき職業で本来は社会、国民に対して真の情報、指針、意見、等述べ伝える職業であり、権力に媚びしたり所属企業会社に物申せないような人材では務まらないのです。しかし、近年は、一般社会のサラリーマン体質化に変色してしまったように感じてならないのです。

それに伴い読者の立場と致しましては、今日のIT企業に於けるSNSを通して自由な情報、意見等を流布する中、そうでない新聞媒体に興味が薄れてしまったという感想が正直なところです。

注:プロフェッションの定義

  プロフェッションとは、科学や高度な知識に裏付けられた特殊な技能を教育や訓練   で習得し、依頼者の要求に応じて助言や提案を行い、社会全体の利益に貢献する職業とされています。

 

4.朝日新聞記事紹介(自死を試みた体育実技受講生徒)

 本記事は、2026年1月10日、土曜日、朝日新聞朝刊15面スポーツに掲載された記事です。以下原文をご紹介引用させて頂きます。

 

縦横無尽 担当記者 中小路 徹

体育で叱責 生徒の傷は深く

 昨年12月5日、日体大での研修会。 学生たちの前に立ったのは、栃木県壬生(みぶ)町で暮らす高校生の男子だ。

 壬生(みぶ)町立中学校に通っていた2022年10月、学校からの帰宅後、河川敷に橋から身を投げた。

一命は取り留めたが、腰や足、顔の骨を折った。今も、後遺症が残る。

 その日 体育の授業で教諭から威圧的な指導を受けた。ソフトボールの授業。2人1組で、片方がゴロを投げ、相手が捕って投げ返す。ゴロと返球の方向を体育教諭から指示されていたが、男子のペアーは、返球が捕れなかった時に後方の生徒に当たる恐れを考慮し、方向を逆に変えた。

 「向き、違うじゃねーかよ」と、体育教諭が怒鳴りながら近づいてきた。男子は、理由を説明しようとしたが、体育教諭は「言い訳するんじゃねえよ」と、声を荒らげた。ほかの生徒がいる前で叱責を続けた。

 その後、体育教諭は、授業について男子が「つまらんかった」と書いたワークシートをみとがめた。野球をしていた男子にとってメニューが初歩的過ぎたという意味で書き、提出までに書き直そうと思っていたものだが、また「失礼だろう」と怒鳴り始めた。授業後は、担任教諭も立ち会わせて叱責した。担任教諭が体育教諭に謝っていた。

 「みんなに迷惑かけてしまう。消えたい、と思うようになりました」。男子は学生たちに、橋から飛び降りた時の心境をそう説明した。

 壬生町教育委員会は22年12月、「生徒の意見や考えを真摯に聞くこともなく、高圧的な発言をした」などの不適切指導を認め、体育教諭を訓告処分とした。 生徒側は昨年2月、壬生町に約2800万円の損害賠償を求めて提訴した。入院や手術を繰り返したが、金銭的な補償がなかったことへの疑問と、学校側の安全配慮義務違反を訴えている。

 裁判で、町は安全配慮義務違反の有無や、指導と自殺未遂との因果関係などについて争う姿勢を示している。 男子の母親が取材に言った。「不適切指導ぐらいで命を捨てるほどか、といいう考え方もあるでしょう。でも、子どもには学校のことがすべて、先生の言動次第で自死を実行することがあると、気付いてほしいのです」(編集委員

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

Ⅱ.著者の私見

 読者、視聴者の皆様は、本記事を拝読されてどのような読後感、感想、ご意見を持たれましたか。多分皆様は、もう既に朝日新聞を購読されていて存じ上げている読者の皆様、或いは、全く目にしていない方が大半ではないでしょうか。特に近年は、紙の媒体が激減致していますので朝刊を開いて読む機会が無くなってしまっているのではと推測致します。多分読者の皆様は、朝からスマホ片手に、Nikeのマークロゴである(  スウワッシュ)を描かれているのではありませんか。

これは、朝日新聞朝刊に限ったことではありません。他紙の読売、毎日、産経、等に於いても同じ現実であることに変わりはありません。

小生は、何故この度、朝日新聞朝刊の本記事「体育で叱責 生徒の傷は深く」に目が留まったかと申しますと本記事が署名記事であり、それが中小路 徹氏(編集委員)であったことが、大きな要因であったと申し上げた方が正しいかと思います。次には、体育教師の犯罪行為か、また罪もない生徒を自死に追い込んだのか、という事と、この記事に類した内容の事件が何年か以前に「高校のバスケ部活で体育教師に自死に追い込まれた」後、ご両親の嘆きを報道された、朝日新聞社の本記者氏が確かこの中小路氏であった記憶が蘇ったからなのかも知れません

本記事に付きましては、当時KファイルNO.140にて既に公開されていますが、リマインドして思い起こして頂く為に本NO.320の末尾にNO.140をURLを持って掲載させて頂きますので、ご笑読頂ければ著者の言わんとしていますポイントがより理解して頂けるのでないかと思う次第です。

1.中小路 徹記者の商品価値を下げるな

 中小路 徹氏は、著者の存じ上げている朝日新聞社、スポーツ部の中堅記者氏、いやベテラン記者と申した方が正しいと思われます。私の印象では、同記者は大変誠実で正直な方であるとお見受けいたしています。彼は、主に体育、スポーツの教育分野を担当され、特に体育教育、部活に関わる体罰、ハラスメント、等を主に取材されている記者氏とお見受けいたしております。

しかし、同氏が本体育、スポーツに関する専門知識、実践キャリアがどれほどおありか、否かは知る由もありません。小生が接した範囲では、取材熱心で実直な方であるとお見受けいたしている次第です。

私が同氏を存じ上げているのは、日本で初めてのスポーツ・アドミニストレイターを名乗っている珍しさからか単独取材をされて朝日新聞朝刊に掲載された過去があるからです。

中小路氏は、非常に取材活動に熱心で全国を飛び歩いている現場主体の取材記者氏であります。勿論、彼も生身の人間ですので感情も好き嫌いもお持ちの社会人であることに違いありません。

著者の思いと願いは、中小路記者のような優秀な記者に朝日新聞編集局はもっと自由に伸び伸びとした個性ある表現ができる責務を与えられる新聞社であって欲しいと日ごろから期待している次第です。しかし、今日もなお記事を拝読する限り、何処からか制限を加えられているのかなと感じさせられてならないのです。

これでは、彼の原稿、記事の商品価値が半減しているのではないでしょうか。

2.著者の読後感から

 本記事を拝読致して最初に感じたのは、記事があまりに唐突すぎて前後が見えてこなかったという印象を持ったのが正直な気持ちです。

本記事の出だしに「昨年12月5日、日体大での研修会」とされています。

本件研修会は、何の研修会であったのか。そして何故それが日体大なのか。そして何故この男子高校生(栃木県壬生町)がこの研修会に招聘されて、学生達、マスメディアの前に立ったのか。その経緯も趣旨、目的も明記されていないのは何故か。これで読者に本件の記事を理解しろとは、少し乱暴に思えるのは著者だけでしょうか。読者の皆様はどのように感じられたでしょうか。

或いは、少し穿った見方をすれば、事件の主犯の体育教諭は、日本体育大学卒業生であったことを暗示しての「日体大での研修会」と相成ったのかもしれません。

本記事を書かれた中小路記者は、限られたスペースしか編集、デスクに与えられなかったのでこのような断片的な記事になってしまったのであれば、それは非常にお気の毒と申し上げるしかほかに言葉を思い出せません

しかし、同記者は、朝日新聞社のスポーツ部を代表する編集委員の肩書を持つエリート記者なのです。デスクからも編集局からも圧を受けるような立ち位置ではないと思います。本件の事件は、体育教諭を指導、管理する立場の人間、同教諭を採用、雇用した県教育員会、町教育員会の採用者にも大きなミスがあったのでないかと著者は、この体育教諭の言動、態度、粗暴な立ち振る舞いから問題人物であったと確信いたす次第です。

その核心部分は、公立中学の教員が「向き、違うじゃねーかよ」、「言い訳するんじゃねえよ」と、声を荒らげて他の生徒もいる面前でこのような言葉使いを行いますか。先ず、この教諭は、教育者としての立場で使用する言語ではない事が本件、本事件を語る以前の問題であることは、明白です。この教諭が所属する職場は、適任でなく他の社会、職場に適応性があるかと考えられる。

しかし、この記事には、本件は全く触れられていません。また、この教諭は、何処で教員資格を取得したのか、この様な人物に教員資格を授与した大学はどこの大学なのか、そしてまた、この様な人物を採用した自治体の責任者及びその実態に付いては本記事では、全く触れられていない事にこの記事は只のレポートに過ぎず、ジャーナリストとしての使命を朝日新聞社は逸脱させているのでないかと疑念を持たざるを得なかった事が、著者の目に留まったのも事実です。

本取材記事は、あまりにも取材レポート的で取材の趣旨・目的が明確でない印象を受けた次第です。朝日新聞社のスポーツ部の代表であり、編集委員の肩書を持つ立場の記者氏なのですから、権力に立ち向かう気概を持たれた記事であって欲しかったと思う次第であります。

3.嘗て気骨のあったジャーナリスト達

 残念ながら近年は、一昔前の強力なパッションを持たれて権力に立ち向かわれた、立花隆氏(元文藝春秋社、フリー、ロッキード事件に立ち向かわれた)、谷口源太郎氏(元週刊文春、フリー、教育、IOCJOC、各競技団体、等に対する強い発信をされた方)、高橋潤氏(元朝日新聞社 運動部記者、退職、IOCJOC日本体育協会、国際競技団体にメスを入れた朝日新聞社で唯一の辣腕記者)、原田朱美元記者(元朝日新聞社会部、教育担当記者、中央大学FLP河田ゼミの実践演習活動を取材、朝日朝刊に大きく取り扱われた記者氏、日体大の暴力事件:年700件に上る暴力事件を当時の谷釜了学長に取材、認めさせた女性記者、その後朝日新聞社内で人事移動があり、記者職を離れた)等の方々が著者には強く記憶に残ると共に個人的にも長くお付き合い頂いた方々であります。

この方々は、書かれた原稿には責任を持たれ、強い権力者に立ち向かうジャーナリストとしてのプライドを持たれていました。この方々の原稿には、取材された後書きっぱなしのレポートでなく、それでは、本件をどうするべきか、何故なのか、これは誰が責任ある事件なのか、等々と徹底的にその重要人物を問いただす姿勢は、お見事でした。

近年は、このようなスケルトン(背骨)とその体幹が強靭であるジャーナリストにお目にかかることが出来なくなってしまいました。このような事にも関連してか、日本の教育界特に体育、スポーツ界のスポーツ・アドミニストレイションの体たらくを助長しているのは、近年に於けるマスメディアの責任は大であると思う次第です。

Ⅲ.2020-08-27 KファイルNO.140:教育者を装う指導者達に対する高校生の結論「自死

URL :  https://hktokyo2017041.hatenablog.com/entry/2020/08/27/000556

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the Sports)

紹介:G-File「長嶋茂雄と黒衣の参謀」発行 文藝春秋社 著 武田頼政

本著は、2006年10月13日発売、翌年完売の為現在はAmazonで中古オークションで入手可能。河田弘道の西武・国土計画、東京読売巨人軍での激闘の日々のドキュメントです。登場人物は、全て実名です。

Kファイル、KファイルNews Comment by Hiromichi Kawada

お知らせ:2026年年明けの原稿は、朝日朝刊のスポーツ欄記事の読後感を掲載させて頂きました。如何でしたでしょうか。今年は、例年に勝るとも劣らぬ雑用、雑事に追われる年となるような予感を肌で感じる新年を迎えています。

Kファイルも何とか320回を数えるに至った次第であります。今年は、どんな時事の話題がでるか楽しみにしています。読者の皆様に於かれましては、どうか健康には十分注意され自然の摂理に沿った日々でありますことを切に願っております。厳寒の日々がまだ続きますが、どうかポジティブな日々でありますことを祈念致しております。

 

コメント

このブログの人気の投稿

Kファイル/スポーツドクトリンNO.319:米国のファームと化すのか日本の競技スポーツ界

Kファイル・スポーツドクトリンNO.318:体育教員が競技スポーツ指導を兼務するは盾と矛の関係

Kファイル╱スポーツ・ドクトリンNO.311:IOCに次いでMLBも電通の餌食になるか