Kファイル/スポーツドクトリンNO.321 日本最強の対米ネゴシエイター 孫正義氏
Kファイル/スポーツドクトリンNO.321 日本最強の対米ネゴシエイター
孫正義氏
無断転載禁止 2026年2月19日木曜日 公開
河田弘道
スポーツ・アドミニストレイタ-
スポーツ・アドミニストレイションの基軸は“Justice正義&Fairness
日本にスポーツ・アドミニストレイション論の必要性を紹介
日米で実践してきたスポーツ・アドミニストレイターの先駆者
(プロフィールは別途ご検索下さい)
目次
日本最強の対米ネゴシエイター孫正義氏
Ⅰ.高市早苗氏に国民は何を期待
現代の日本版ジャンヌ・ダルクは何を目すか
選挙戦を戦い終えて
日本国初の女性総理総裁
故安倍晋三氏の遺産を如何に活用するか
高市氏のライフライン
Ⅱ.孫正義氏の原点
両親と祖母の教えを誠実に守る孫正義少年
1.孫氏の伝記から
2.孫氏をリスペクトするその要因とは
Ⅲ.生涯のビジネスパートナーを得た孫氏
孫正義氏のメンターはR・マードック氏か
旺文社株の買収でテレ朝乗っ取り
ここでのプロゼクトとは
Ⅳ.投資家孫正義のデビュー
ソフトバンク社の基幹事業の立ち上げ
日本ヤフーの設立
父母の教育を忠実に守る孫正義の姿
Kファイル/スポーツドクトリンNO.321 日本最強の対米ネゴシエイター
孫正義氏
時事の話題から
Ⅰ.高市早苗氏に国民は何を期待
■現代の日本版ジャンヌ・ダルクは何を目すか
選挙戦を戦い終えて
結論
この選挙の結果から国民の多くは、高市早苗氏にマンネリ化した古い体質の政治体制、体質から強くて新しい国家、社会への変革を求めている。
2026年2月08日、日本国は、衆議院選挙の投開票がなされました。高市内閣は、臨時国会召集初日の冒頭で解散宣言を強行しました。多くの浅はかなマスメディア、評論家たちは、与党の過半数割れを期待しているかの如くの報道、論評を垂れ流していました。
自民党は、維新の会と連立を組んでの戦いを選択し火ぶたを切った次第です。結果自民党の圧勝となり、中道改革連合は、略旧民主党議員のベテラン議員、中枢議員が落選、比例にも引っかからず惨敗し死に体と化してしまった事は読者の皆様は既にご承知の通りであります。 総選挙に突入した自民党は、タカ派の異名を持つ高市早苗人気にあやかり自民党の悪玉達も公認、再公認され略全員が復権してしまったという事態に至った次第です。
片や野党は、立憲民主党が先日まで野党第一党を掲げていましたが、電撃の解散総選挙となり選挙態勢が組めない状態で、野田代表の思い込みからか結果として取り返しがつかない事態を招いてしまったと言わざるを得まい。それも自民党と長年連立政権を組んで参った公明党(創価学会が母体)は、高市内閣擁立と同時に統一教会を支援して来た安部派(高市氏達)と袂を分かちその後、この度解散総選挙の数日前に立憲民主党と連立をはかり「中道改革連合」なる看板を掛けかえるドタバタ劇をやらかした次第でした。これら政党のリーダー達には、節操なる言葉は当てはまらない個々の利権を漁る集まりのようだ。しかしこれは、悪玉候補者に投票する選挙民にも当てはまりそうだ。
これにより漸く、旧民主党の重鎮達(他党に数名分散している)が本選挙戦を持って一応お役御免と相成った次第です。これは、ある意味自民党の大勝と公明党の生き残りをかけた戦略の勝利と言えると著者は分析しました。その根拠は、公明党は自民党との連立離脱と不人気からか非常に不安定な内部状態であったのです。党役員達は、これを何としても打開する事が先決で現在の議席数を確保する事が当面の課題であったに違いないと思われます。
このタイミングで連立を打診した立憲の野田代表が苦し紛れに諸手を挙げて公明の斎藤代表の提案に乗ってきたのです。斎藤氏は、ここぞとばかりに公明党の浮沈を賭けた条件提示を行ったのでした。その条件とは、ほぼ全員を中道連合の比例代表枠の上位に指名することを条件に野田代表はどさくさに紛れて受けたと推測するのが当を得ていると思われるのです。この時点で、中道改革連合の破綻は、起きていたと思われますが、それを立憲の議員達の誰も後反対、阻止しなかった事が同党の本質的な問題なのかも知れません。
これにより、中道連合の数少ない当選議員以外の立憲の落選議員達の大半は、公明が比例代表上位を占めていたことが立憲の議員達の命を取られたという事でした。中道連合の立憲所属の大半の議員達は、割を食い、落選と相成ったのではないかと著者は、洞察させて頂きます。
この公明党は、息絶え絶えでよれよれであった実態から立憲民主党に仕掛けた戦略が功を奏したと同時に、片や立憲所属議員達にとっては煮え湯を飲まされたという事から、今後中道改革連合の党運営は、解体を余儀なくさせられる運命にあるかも知れません。これは、立憲民主党が公明党に軒先を貸して母屋を取られたという事に等しいのではないでしょうか。この度落選された立憲の皆さんは、創価学会に入信を勧誘されるかも知れません。或いは、中道連合を一抜け二抜け三抜けたと、解党を余儀なくされるのではなかろうか。統一教会に入信されたい方は、萩生田光一氏に頭を下げざるを得なくなるのでしょうか。
これで公明党は、宗教色の看板を外して中道改革連合とし、今後は旧立憲民主党議員達の取り込みに心血を注がれるのかも知れません。しかし、公明党が自民党から連立を離脱したことにより、税収入を増やすために高市内閣は、宗教法人に課税する法改正に出るように思えてならないのは著者だけでしょうか。宗教法人は、お布施扱いとなり課税対象から逃れるべく、嘗てプロ野球の選手が高額の年俸を宗教法人に振り込んでくれませんかと交渉に来たとか聞き及んでいましたが、この様な例が数限りなく長い歴史の中で行われてきているのでしょう。このような問題を含め高市内閣が次期天皇継承問題をどのように国内の矛盾に襟を正すのか大変興味のあるところです。
■日本国初の女性総理総裁
此処で読者の皆様は、見過ごしてはならないのは高市自民党総裁の力量であります。まだ総理総裁となられて実質数カ月しか経過していません。しかし、確かに今までの歴代の総理大臣の存在は、高市氏と比較すると霞んでしまうのは何故なのでしょうか。それほど彼女は、存在感を持つ女性総理大臣であることに違いはありません。 これが近年まれな衆議院選挙で2/3の議員議席を獲得したカリスマ性のある女性リーダーが出て来たと言えるのかも知れません。
高市氏が関係していたとされる統一教会の教祖も近年女性であったような記憶があります(現在は韓国の刑務所)。高市氏は、先ず総選挙を行い自らの人気を国民、社会から総取りしたとの表現が適切かも知れません。この高市人気により一気に消沈した女性議員達の心中如何に。特に小池百合子氏、稲田朋美氏、他の女性議員達の心中をお察しいたします。小池女史は、得意の寝技で高市早苗氏にすり寄り始め、公明関係者から距離を置くようになりました。
著者は、高市人気の根拠はあの強いパッションでの明快な発言が若者世代、視聴者に好感を持たれたのは確かなようです。読者の皆様は、どう捉えられていますでしょうか。もう政治家は、発言時に「あ~、あ~う」を繰り返したり、国会で昼寝、うたた寝をするような奴らは即刻退場させる法律を先ず制定するべきだと思います。
これは、15世紀フランスに突然現れたジャンヌ・ダルクのような、高市早苗は銃を取り自ら自衛隊改革を先駆け、日本国軍に改名、その日本軍を自ら率いるまさに今世紀のジャンヌ・ダルクとなりえるか、これこそが米国大統領が期待する「国論を二分する」事なのかも知れません。
戦後日本の内閣総理大臣は、日替わりメニューと諸外国から揶揄されて参りました。このような問題の根拠は、わが国の選挙制度にそのものに起因していることは言うまでもありません。また、戦後日本国は、主権国家と公言しても、国民の生命、財産も守れない体たらくの国家になり果てています。この事は、日本国の国会、議員、政府の内向な「JusticeとFairness」を放棄した思考が不安定な国家形成を強いられていると思われてならないのです。この度のジャンヌ・ダルク的な高市早苗氏の台頭により、高市政権は、先ず何から始めるのか、そして何を持って国を分断するような問題を解決に導くのか、隠された心の奥が楽しみでもあり不安でもあります。
故安倍晋三氏の遺産をいかに活用するか
この高市早苗氏は、故安倍晋三氏の分身ともいわれ、夫婦のような振る舞いを公的場でまことしやかに醸し出していた事は皆の知るところであります。
このような関係からも高市氏は、心底安部氏の直系であり安部氏の人脈、人間関係をキャリーしている事は言うまでもありません。彼女にとって、最も今後相対する相手は、習近平主席(中国)ではなく3月に公式訪問を予定する米国のドナルド・トランプ大統領との会談であります。この会談は、今後の高市政権の命運を賭けた重要なライフラインと申し上げて過言ではありません。お二人の最初の会談の後の高市首相の喜びに満ちた米国空母甲板でのハシャギぶりは、まさにジャンヌ・ダルクの再来かと思われる様子が伺えた次第でした。このハシャギぶりを元外務省の古いタイプの田中均氏は、「総理大臣としての能力を疑う」との発言をYouTubeでなされていたのは非常に大人げない、元官僚のやっかみ発言に著者には感じた次第です。このような元立場であった方なら、激励してあげるのが常識ある日本人ではなかったのでしょうか。
国民の大多数は、高市早苗氏に強い変革を求め期待しているからこそこのような一方的な選挙と相成ったのではないのでしょうか。このような官僚の専門職以外に大事な日本人としての人間教育の必要性を感じざるを得ませんでした。
果たして第二回のホワイトハウスでの会談の中身と今後を期待いたしております。
高市氏のライフライン
このライフラインのキーマンは、嘗て故安倍晋三氏が100%頼った日本国で唯一D・トランプ大統領が信頼する人物で財界のカリスマ経営者であります。その名は、「孫正義氏(ソフトバンク会長)」この方の手中にトランプ大統領と高市総理総裁の命運が握られているのでないかと著者は推測致す次第です。
高市氏は、今後孫氏との関係を独自に構築され、日米の最重要懸案に付いての重要ポイントを議論され、孫氏を味方に後ろ盾になって頂き、トランプ大統領に対して対等に渡り合って頂きたい次第です。 著者は、高市氏が故安倍氏のプラスの遺産を継承した中で最大の安部遺産は孫正義氏とトランプ大統領間のパイプ役の孫氏であるに違いないと思われます。
本Kファイル スポーツドクトリンNO.321では、日本と米国の今後の関係と発展のイニシアティブを持つ孫正義氏の裏での動向と高市氏との間の最高機密が今後の日本国の浮沈を左右すると確信いたしています。高市氏は、自身の個性と努力によりこの地位まで這い上がってこられたことから、孫氏とは非常に波長が合うのでないかと著者は勝手に想像させて頂きます。
片や石破茂前総理総裁は、米国大統領訪問に際して事前に孫正義氏詣でをなされたようですが、著者は同氏が孫氏に話される中身など無かったのではと推測して居ます。孫氏には、石破氏にもう少し大統領面前での礼儀作法だけでも教えておいて頂きたかったと思った次第です。
この孫氏は、日本人であり日本財界に於いてはサイレントネゴシエイターと呼ばれ右に出る人物は皆無に等しいと言われる方です。財界人達は、誰も同氏を日本財界の表舞台でリーダーシップを求めようとしないのは、単に心の狭い財界人の集まりなのか、或いは、孫氏は自ら日本財界の表舞台に出ることなど望まないのか。しかし、この人物は、ホワイトハウスと米国財界では常にトランプ大統領に一番近い席に居るのは何を物語っているのでしょうか。
その為にも読者の皆様には、本Kファイルで嘗てご紹介させて頂きました「孫正義氏」の紹介原稿に筆を加えて再度この日米の状況に於いて再登場して頂き、同氏のキャリア、人となり、実践力とそのトータルマネージメント力をご紹介させて頂きます。
今後読者の皆様は、高市早苗内閣総理大臣の対米発言、発信、行動、等をされる際の予備知識としてご参考にして頂ければ幸いです。
Ⅱ.孫正義氏の原点
■両親と祖母の教えを誠実に守る孫正義少年
1.孫氏の伝記から
著者(河田弘道)が孫正義氏に興味を持ち、リスペクトの心を持ってリサーチを止めなかったのは、彼が何事に対しても目的、目標を手にするまでは耐え抜き、実現すすその精神を持たれていたからだと思います。この何事にも耐え抜く強靭な精神力と冴えわたる鋭い勝負感覚は、一体どこから来るのか非常に興味を持っていました。
丁度私は、東京読売巨人軍を退任した後、「スポーツとマスコミ」と題されたシンポジウームの問題提起者として招かれた会合で、1人のパネリストとして出席されていた作家氏と出会いました。その方の名前は、佐野愼一氏でありました。小生は、昔から物を書いたり読んだりする事が大の苦手でありましたので、失礼ではありましたが佐野氏の存在すらよく存じ上げませんでした。
主催者から佐野氏を紹介された時の印象は、非常に誠実で正直な方であるとお見受けした次第です。その後、同氏から何度かお誘いを受けお茶をご馳走になる程の関係になりました。そのころの打ち解けた会話の中に出てきたのが、「孫正義氏」の名前でありました。同氏は、孫氏とは非常に懇意にされている様子で、孫氏について詳しくいつも私は聞き役に徹していた事を鮮明に記憶しております。
佐野愼一氏は、自身の目的通り2014年に孫正義氏の伝記「あんぽん」を出版されました。著者は、まだこの書籍を読んだ事はありません。丁度お会いしていました時期に佐野氏から河田に対してお願い事が在って、会食を確かご一緒させて頂いた記憶が蘇りました。そのお願い事は、小職の「Gファイル、長嶋茂雄と黒衣の参謀、2006年10月、文藝春秋社出版」を企画していました時でした。彼からは、このGファイルを書かせて欲しいとの事でありました。この申し出の前に某大手広告代理店の専務から、沢木耕太郎氏に書かせて欲しいとの申し出をされていました。私は、丁重に両氏に対して既に著者を決めている事を伝えて理解して頂きました。この度、Kファイルを書き始めて以来、特に佐野愼一氏からお聞きしていました孫正義氏の伝記を脳裏に浮かべながら書かせて頂いている次第です。
2.孫氏をリスペクトするその要因とは
著者が孫正義氏をリスペクトする最大の要因は、同氏が幼い時からの家庭環境、社会環境を自らの強靭な意思と意志で抜け出せた、「その決断と勇気と実践力」が最大の要因であります。お天道様は、孫正義をあの劣悪な環境から救い、ポジティブな環境を与えて彼の才能と精神力を試され、磨かせるためにチャンスを与えて下さったと思えてならないのです。
それまで彼は、「番地の無い住所に穴の開いた波トタン屋根の下で雨が降るたびに汚水を踏みしめながら生活する」、そしてもう親元に戻れることはないであろう孫正義に手を貸して旅路への指針と路銀を与えて下さったことに深く感謝しながら別れの日を迎えたのでした。
此れこそが、孫正義氏の祖母が孫(まご)に与えた「ご縁」を大切になさい、という最高の送別の真心で「まご」の旅立ちに賛同されたのでしょう。その後、彼は、地元の高校を1年で中退、退路を断って米国に渡り高校に編入、語学を学びながら卒業、そして時間はかかったが英語の検定試験を受け合格して、カリフォルニア州立大バークレイ校の経済学部を卒業するに至ったのでした。佐賀、福岡での極貧生活を体験している彼にとって、働きながらの米国での苦労は、夢を持って日々の食いぶちを漁りながらも天国での生活と喜びに満ちた学生生活であったに違いありません。彼のこの「ポジティブなマインド」が、彼にアメリカンドリームを引き寄せた源があったと著者は確信いたします。
私は、此処で何故孫正義氏が当時福岡ダイエイホークスを渡邉恒雄氏の仲介で、買収し福岡ソフトバンクホークス及び福岡ドームの面倒をみるに至ったのかの深層と真相が明らかになったのでした。それは、孫正義氏の生まれ故郷の人達に「喜んでいただきたかった」からだと思われます。また此れは、正義氏が愛する祖母と母の願いであった事を忘れていない証であると思えます。読者の皆様にはどの様に映りますでしょうか。
孫正義氏の起源
この様な強くて誠実な心を持った孫氏に私は、自身の米国に旅立った当時の自分の姿と心境を重ね合わせる部分が在ったのも事実でした。孫氏の幼少の頃は、在日という苦しみを祖母、両親、兄弟が受けながら人間の尊厳の大事さを肌身で嫌という程味わい、普通であれば挫折し潰されていたものと思われます。お父様は、正義少年に在日の現実を説き教え聞かせ、お母様の愛情、おばあちゃんからのご先祖と在日の現実を実体験させられ学び、正義少年は、まさに権力と偏見に立ち向かう心構え「Justice正義とFairness公正」が備わったのであろうと思われます。
正義少年は、親から与えられた日本名の「安本正義」は受け入れがたく、「自分は、孫正義で生きていく」、「自分は正面から事に向き合う」、「在日で何が悪い」「僕はきっと胸を張って生きて見せる」としてこの気概を若くして既に会得していた孫氏の信念に私は感銘を受けた次第です。
著者は、孫正義氏が逃げも隠れもすることなく「孫正義」を名乗り、今や世界に名をとどろかせている実業家、投資家と日本人孫正義を誇りに思う。正義名は、まさにJustice正義(せいぎ)を彼は背負って今日迄生き延びて来られた証ではないかと思わずにはいられないのです。
米国は人種のるつぼです。特に黒人に対する偏見は、半端ではありません。また、それ以外の黄色人種に対する偏見、特に日本人(ジャップ)に対するそれは、白人世界では小生が米国の大学に勤務していたころには肌で感じさせられるものでした。しかし米国人は、一度人種の異なる人間でも合衆国、州、市、大学に貢献したと認められると手のひらを返したが如く、翌朝からもろ手を挙げて称えてくれ、自慢してくれ、支えてくれる、そのような社会が米国の良さです。残念ながら我が日本国では、在日でなくとも人の成功を妬み、失敗者を疎んじるという、陰湿で偏見に満ちた社会と文化があるのも現実です。
孫正義氏が将来日本国の総理大臣になるのか、はたまた韓国の大統領になるか、明日何が起きてもおかしくない世界情勢の中で、このような現実味が増してきていると申し上げる次第です。日本のプロ野球界に於いては、もうすでに複数の球団のオーナー・親会社の超優良企業の最高経営者は「在日」出身者であります。そして、日本人です。このような優秀な日本人の方々が居る事を大変心強く思う次第です。
今後もし孫氏に時間が許されるならば、是非孫氏自らの手によって日本に教育機関を設立して頂き、迷える若者達を孫氏の哲学で育てて頂きたいと願う次第であります。孫正義氏が、今後日本人としての誇りを胸にご先祖の祖国韓国、朝鮮に手を差し伸べられ、自身の夢を叶えてくれた米国を大切に、助けを求めている人、溺れる日本人の若者たちに手を差し伸べて下さる事を切にお願いをいたしたい次第であります。
Ⅲ.生涯のビジネスパートナーを得た孫氏
■孫正義氏のメンターはR・マードックか
旺文社株の買収でテレ朝乗っ取り
ここでは、孫氏のパートナーである世界のメディア王と言われるルパード・マードック氏(英:Keith Rupert Murdoch1931年3月11日、現96歳)をご紹介します。
R・マードック氏は、オーストラリアの出身で複合メディア企業のニュース・コープ(The News Corp.)を保有しています。その後、ニューズ・コープとフォックス(FOX)・コーポレイションの株主で、共同の会長としてテレビ界、新聞、映画、雑誌、音楽産業、インターネット等、世界の関連企業を束ねている超巨大なマスメディアの総合商社の最高経営者(CEO)です。2023年に同氏は、FOX社とニューズ社の会長を退任し、名誉会長として現在も尚パワーBOXはマードック氏の手中に在る事は言うまでもありません。
読者の皆様にご紹介致したいのは、米国の四大TVネットワーク(ABC、CBS、NBC、FOX)の一角をなすFOX社は、1985年にR.マードック氏により創設された企業なのです。丁度この時同氏は、合衆国連邦通信法により米国人でなければFOX社の経営者にはなれなかったので、オーストラリア国籍を残したまま1985年に米国籍を取得したのでした。
此処で読者の皆様に注目して頂きたいのは、同じカテゴリーであります、TV、マスメディアの最高経営者であっても、故渡邉恒雄氏(前読売新聞社グループ)は元政治記者であり、ルパード・マードック氏は、実業家である事です。この違いにより読者の皆様は、最高経営者であっても経済・経営のプロフェショナルが行る経営と、全く分野の異なる方が最高経営者に成れる日本の企業体質とでは、その成果と結果も大きく異なるのです。
ここでのプロゼクトは
その第一手段としては、当時テレ朝株の21.4%を取得していた教育出版社の旺文社の持ち株を秘密裏に100%全取得したのでした。買収金額は、416億円と当時報道されテレ朝の筆頭株主に躍り出たのでした。しかし、此のことを孫・マードック両氏により発表(1996年6月20日)が成されるまで、テレビ朝日とその大株主の朝日新聞社は、全く知らなかったという醜態を演じた次第でした。
著者は、ここで孫正義氏の真骨頂の顔を見せて頂き、この人物は何ものぞ!と強い関心を抱いた次第です。この事実から私は、一層孫正義氏とR・マードック氏の関係が鮮明に脳裏に焼き付いたと同時に彼らの此れからの活動を注視しながら今日に至っている次第です。読者の皆様には、ここ迄の流れをご理解頂けましたでしょうか。
彼らの最終目的は、テレビ朝日を手中に収める事が当面のターゲットでありました。その延長線上には既に描かれたプロジェクトが同時に進行していたのは、R・マードック氏の野望であった米国FOXネットワークの極東基地を日本に置く事であったと推測できる次第でした。
著者は、その根拠としてその為に1998年に日本法人「FOX Japan」を設立し、2チャンネルを営業、運営していた事実です。日本法人のFOX Japanの株は、100%孫正義氏であったのは言うまでもありません。これは、R・マードック氏は、日本国籍を保有しないので国内の電波法では経営者にはなれず、孫氏は日本国籍を有する日本人なのでマードック氏にとっては信頼するパートナーの孫正義氏は、最適なパートナーであった次第です。
本プロゼクトは、同時進行していた米国内でのもう一つのプロゼクトが遥かに巨大でより発展的なビジョンになる手ごたえを感じたのか、日本でのFOX基地プロゼクトは切り落とされペンディングとされた様子が伺えました。
本プロゼクトの成功を契機にその後、米国のさらなる巨大プロゼクトを成功させるため、迷うことなく日本の不動産(テレ朝株)を短期間で処理し、その売却益を持って将来性のある大きな不動産の購入に乗り換えた見事な投資転換を行った次第でした。これにより、孫正義氏は、ビジネスパートナーであり、ある意味最強のパトロンでもあった世界のメディア王の信頼を勝ち取る絶好のチャンスをものにしたことを確信されたと思われます。このように投資家のトップ達は、一つの場所での投資に限らず、世界のマーケットに於いて複数の大きな投資の仕掛けが同時に進行している事を忘れてはなりません。
投資家孫正義のデビュー
ソフトバンク社の基幹事業の立ち上げ
孫正義は、ただ働きするようなお方ではありません。孫氏のソフトバンク株式会社は、このマードックプロゼクトを手伝った対価として何を得たのでしょうか。その後此れがソフトバンクの基幹事業となり今や巨大化し、米国の母屋迄も手中に収めるに至ったのは、皆様ご承知の通りです。
それまでにR・マードック氏の日本にFOXの基地を作る野望を率先的にサポートして参った孫正義氏は、当時米国大学の学生起業家との出会いがありこの「ご縁」が今日のソフトバンクを巨大化した最大の要因であると申し上げても過言でありません。
当時まだ学生であったジェリー・ヤン氏(スタンフォード大学大学院生)は、彼の趣味を生かしてインターネット情報検索ビジネスを立ち上げていた学生起業家と孫氏の出会いでした。ヤン氏は、ソフトバンクの孫正義氏に「面白い会社があるよ」と声を掛け、孫氏は中身を覗き即2億円の投資を即決したとの逸話の様な話が伝わっていたのでした。しかし、ヤン氏は、友人の2人と1995年の4月に情報検索会社のYahoo(ヤフー)を米国内で設立していたのでした。孫氏の突然の2憶円の投資は、彼らにとっても最大の事業拡大のチャンスを得たのだと思われます。
日本Yahooの設立
此処が孫正義氏の投資家としてジイーニアス(天才)と呼ばれるひらめきが功を奏し速攻で孫氏は、この起こしたばかりの米国ヤフーと提携してソフトバンクの中核を成した日本ヤフーを創設したのでした。ソフトバンクは、日本ヤフーの親会社なのです。ここでインターネット業界は、大きな変革の時期を既に迎えていたのです。
当時からマイクロソフトは、米ヤフー(Yahoo)に対して買収提案を持ち掛けましたがヤフーはNOを返答、業界1位のグーグルも米ヤフー買収に参戦、またマスメディア最大王手の米ニューズ・コーポレイション(R・マードック氏)も参戦するという壮絶な戦いが繰り広げられている次第です。しかし、巨大化なった孫正義氏の日本ヤフーには、誰も手を出す事はしないのです。
その最大の要因は、孫正義氏の特技の一つである「人心を掌握する術」により信頼を勝ち得た仲間達(Google社、ニューズ・コープ社、Microsoft社、米国Yahoo社)の最高権力者達とは、敵であり敵の敵は最強の味方なのです。彼らは、「仁義を重んじる精神A spirit of respect for justice」をわきまえて居るからなのです。
■父母の教育を忠実に守る孫正義の姿
孫正義氏は、いつも幼いころから極限の苦汁と共に生きていく術を父母と祖母から教わって来た。祖母と母の教えは「人に優しく人に喜ばれることを」「人とのご縁を大事に」、父が教えてくれた「忍耐」を常に心得、冷静沈着な判断と決断を勇気を持って実行して来た、まさに「実業と投資家の神の子」としてこの世に生を与えられた人物です。
孫氏は、この1990年代は、まさに今日の孫正義の礎を構築された10年間であったのではと著者は感服させられた次第でした。その財産は、お金ではなく人との繋がりを大切にする孫氏の祖母と母の教えである「ご縁」を大事に「人に喜ばれる仕事」する心得が成すわざっであったと思われます。高市早苗氏は、これらの事を心得て孫正義氏の指導を受けられることを切に願う次第です。
文責:河田弘道
スポーツ・アドミニストレイター
スポーツ特使(Emissary of the Sports)
紹介:G-File「長嶋茂雄と黒衣の参謀」発行 文藝春秋社 著 武田頼政
本著は、2006年10月13日発売、翌年完売の為現在はAmazonで中古オークションで入手可能。河田弘道の西武・国土計画、東京読売巨人軍での激闘の日々のドキュメントです。登場人物は、全て実名です。
Kファイル、KファイルNews Comment by Hiromichi Kawada
お知らせ:この度のKファイルNO.321は、本年2月8に衆議院選挙の投開票が行われ歴史的な圧勝を高市早苗総理総裁の力で勝ち取ったことを契機に、読者の皆様はご存知で無いかも知れませんので、日米関係の裏のキーパーソンにスポットライトをあて、ご紹介させて頂き、今後の日米の重要な動向を見守りながらこの人物を思い出して頂ければとの思いで書かせて頂きました。機会がありましたらこの続きは、第二弾でご紹介できればと思います。

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